里山保全と地域の活性化をめざして
自然薯や栗、きゅうりなどを生産している「五色の里」は、東かがわ市五名の山中にある。中山間地域と呼ぶにはあまりに山深い人里離れた場所。同時に林業も営み、切り出した木材をまきや炭に加工していた。平成5年ごろから、それまで静かだった山里にイノシシが出るようになり、農作物の被害は年々深刻な状況になっていた。害獣駆除が始まると、やがて解体施設を設け、イノシシ肉の販売をするようになった。その当時は、五名地域の農林業者5人で年間70頭ほどを捕獲していた。
「とにかく、イノシシに困っている。せっかく作った農作物を一夜にしてめちゃくちゃにするんですよ、ヤツらは」と、語気荒く話すのは、五色の里の研修生(当時)として働く、西尾和良さん。このプロジェクトの発起人でありキーマンだ。
「ここ25年くらいで、イノシシは急激に増え、害獣駆除が追いつかない状況でした」。
とにかく1頭でもイノシシを捕獲して被害の拡大を食い止めたい。しかし、捕獲するにも猟師が足りない。行政からは駆除の奨励金としてイノシシ1頭捕獲すると1万円の交付があったが、実際に狩猟をするとなると、わな猟、猟銃どちらにしてもそれなりに経費が発生するため、奨励金の魅力はさほどなかった。
そこで考えたのが、それまで捨てていた「皮」の有効活用だ。それも、一流の革職人が作る皮革製品として付加価値をつけ「地域が潤うしくみにしたい」。イノシシ皮が高級皮革製品になることで利益を生み出せれば、地域の狩猟者を増やすきっかけにもなる。そしてイノシシの駆除率を上げ、里山を守りたい。西尾さんは地域活性化につながるしくみとして、イノシシ皮の皮革製品化を本気で考え始めた。やがて、県内の革職人を探すなかでround.の柏原慎代表と出会った。
柏原代表は「ふだん扱う革は牛革や羊革など、ほとんどが輸入物。香川県産の、それもイノシシの皮で高級皮革品を目指す、という取り組みは興味深いと思いました」と、西尾さんの提案に賛同した。
田舎のおみやげ品ではなく一流品をめざす
農商工連携事業を活用しようと考えたのは西尾さんだ。最初は「柏原さんに安心して試作してもらえる程度の費用が捻出できればいい」くらいの軽い気持ちからだった。しかし、実際に申請書を書き始め、コーディネーターにアドバイスをもらううちに、「事業計画」や「販売計画」「売上見込」など、かなり細かく考える必要があることに気付く。ホームページやカタログの作成、販促のための宿泊交通費や見本市出展費など「正直なところ、当初の想像以上に経費が膨らんでいきました」。しかし「やるからには必要な経費は使おう、成功させよう」という気持ちが強くなってきたという。
最初のつまずきはイノシシ皮の鞣しだった。扱ったことのある鞣し職人は少ない。「これがもう、何枚鞣しても納得のいく仕上がりにならない」(西尾さん)。鞣し職人に細かい指示をするために、姫路まで7-8回イノシシ皮を直接持ち込んだ。納得のいく鞣し皮ができなければ、試作さえできない状況だった。
「ぼくはもう途中で『別の業者に出しましょうよ』って言ったんです」(柏原代表)。しかし西尾さんは「職人との信頼関係をまた一から築く自信がなかった」と、この人と決めた職人になんとか希望の鞣しに仕上げてもらった。しかし、野生のイノシシは虫さされ痕など、どうしても傷が目立つ。当初はカラフルなカラーバリエーションも考えたが、傷が目立ちにくい黒で展開することにした。
鞣し革の質感が決まると、ようやく、革職人・柏原代表の腕の見せどころだ。高い縫製技術をもつ柏原代表は、ミシン縫いだけでなく手縫いの技術にも定評がある。しかし、手縫いにすると、価格もそれなりに高くなる。そんな風に「あくまでも一点ものの高級路線で」とこだわるのは、実は西尾さんのほうだった。「値段で買われる商品ではなく、本当にいいものが欲しい人、ストーリーがわかってくれる人に使って欲しい」。しかし、皮革製品の相場を熟知している柏原代表は「牛革の高級品のような値段で、イノシシ皮革が売れるのか。もう少し効率を上げて価格を下げてもいいのではないか」と懸念していた。
その評価が出たのは、平成30年秋から登録した、東かがわ市のふるさと納税返礼品に出品してからだ。注文がぽつりぽつりと入り始め、ようやく製品としてスタートラインに立ったことが実感できた。今は、材料になる鞣し革の用意が急務だが、西尾さんの本業は農業。なかなかGOMYO LEATHERのことだけに集中して関れないのが悩みだ。
顧客に魅力を伝える取り組み
この事業は「里山、五名地域の活性化」から生まれたものだ。害獣の被害を食い止められなければ、里山で農業を続けることは難しくなり、五名の農家は山を下り、町に出て行くだろう。「五名の今の状況を理解していただき、五名に思いを寄せてくれる方に買っていただきたい」と西尾さんは当初から一環している。
価格は決して安くはない。名刺入れが3万円程度、二つ折り財布が約5万円、周囲をファスナーで囲ったラウンドファスナー財布は約10万円もする。「だれもが『高い』と言います。そこは逆に『なぜこんなに高いのか?』を伝えていきたい。五名の現状を知ってもらい、何かを感じて欲しい」と西尾さん。その際、感情論だけではなく、品質の良さもアピールできるよう、柏原代表は革職人としての技術を全て注ぎ込んで製造している。
この事業は、売上だけに着目するのではなく、狩猟人口を増やして害獣被害を減らし、里山が本来の農業収入を取り戻すことが、広い意味での目標でもある。
農商工連携事業に取り組んでみて
イノシシ皮の活用でここまでこだわった事業者はいないと思います。これからは結果を出していかなくてはいけないと、改めて感じています。
五色の里・研修生(当時) 西尾 和良 氏(写真 右)
革の品質には未だに苦戦していますが、鞣し加工の交渉などは西尾さんに任せていますので、私はいい商品を作ることに集中して取り組んでいます。
round.代表 柏原 慎 氏(写真 左)
round.
会社概要
所在地 | 高松市田村町366-1 |
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電話 | 087-887-8698 |
URL | http://round-web.net |
従業員数 | 1名 |
五色の里
会社概要
所在地 | 東かがわ市五名1850 |
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電話 | 087-887-8698 |
URL | http://www.gomyo-leather.com |
従業員数 | 2名 |