未利用資源だった「脂イワシ」を活用
カタクチイワシの煮干し「伊吹いりこ」の産地として有名な観音寺市伊吹島。島の産業を支える伊吹漁業協同組合(以下、「伊吹漁協」という)には15の網元が所属している。「いりこ漁」と呼ばれる、カタクチイワシの漁期は例年6~8月。漁場と加工場が至近距離にあるのが特徴で、水揚げ後すぐに「釜揚げ」と呼ばれる塩茹でをし、乾燥させて「いりこ」に加工する。原料のカタクチイワシは、脂がのる前の身が締まったものが向く。脂がのってしまうと身が崩れやすく、乾燥後に酸化しやすくなるからだ。脂がのっているものを島では「脂イワシ」と呼び、昔からその有効活用が課題になっていた。
冷凍食品メーカー、キョーワの加地正人社長が、釜揚げいりこのルーツを教えてくれた。「島の人たちは、茹でただけのカタクチイワシを『釜揚げ』と呼んで、昔から食べていました。自宅で食べる分は持ち帰って冷凍して。それを天ぷらなんかにしてね。島でしか食べられない漁師のごちそうだったんです」。そのおいしさを島外にも伝えたい、茹でただけの乾燥前のカタクチイワシを、出汁としてではなく「食材」として流通させたいと考えた。そのためには茹でたあと、品質が劣化しないよう急速冷凍が必須だ。また、出汁としてのいりこではなく食材としてなら、むしろ「脂イワシ」のほうが向く点でも、未利用資源の有効活用につながる。
そんな構想の話が浮上したのは、6~7年前のことだ。なかなか具体的に進まなかったのは、島ならではの設備整備の難しさや輸送問題など、予算的なことだけではない環境的な課題があった。しかし、加地社長と当時の組合長などは、カタクチイワシを釜茹で後に冷凍してみるなど可能性を探り続けた。また、冷凍した釜揚げいりこの普及拡大のためには、それを原材料とした食品の開発、そして流通させていく必要がある。そこで、平成29年に農商工連携事業を活用して事業を加速させることにした。
急速冷凍庫とHACCP手法の導入
いりこの製造は釜揚げ(塩茹で)直後に乾燥させるのに対し、釜揚げいりこは釜揚げ直後に急速冷凍する。問題はその方法だった。そのまま冷凍すると塊になってしまいミンチにしか利用できなくなるため、「一匹ずつ冷凍させる“バラ凍結”技術を確立させたい」と考えた。また、一般的なマイナス10度程度の冷凍では解凍後にドリップが出たり、保存管理する上でも問題がある。急速冷凍できるような高性能な冷凍庫がどうしても必要だったが「大きな冷凍庫を伊吹漁協で整備するのは難しい」というのが実情だった。チャンスが訪れたのは事業を開始した平成29年の夏だった。組合員のある網元が、今後の展開を幅広く見据えて、マイナス30度の急速冷凍ができる大型冷凍庫を導入したのだ。まずはそこから、試験的に釜揚げ後の急速冷凍試験を開始した。課題となっていた「バラ凍結」は、釜茹でする際、すと呼ばれる網状のプレートに一匹ずつが重ならないように並べる配慮をするなど、工夫を重ねて解決させた。
事業2年目に16トンの釜揚げいりこを試作した。16トンと聞くと相当な量だが、伊吹漁協全体で年間約2,000トンのいりこを製造するうちの極々一部にすぎない。試作した釜揚げいりこは、県の教育委員会を通じて県内の一部の学校給食でフライや天ぷらなどで提供された。3,700余名のアンケートを回収し、約60%の生徒や学校給食関係者が「また食べてみたい」と回答、手応えを得ることができた。
同じ年のいりこ漁が始まる前に、伊吹漁協全体で取り組んだのが、令和2年から義務化される食品衛生管理の見える化=HACCP手法の勉強だった。専門の指導員に伊吹島に来てもらい、指導を受けた。「伊吹いりこ」として地域ブランドの登録商標も取得しているだけに、もともと品質向上に対する意識は高かった。その製造手順を専門家に確認指導してもらい、新たに取り組む冷凍加工の工程を成文化したのが「冷凍釜揚げいりこ衛生管理マニュアル」(写真※)だ。「目の前の海で獲った魚をその場で加工していることが確認できているだけでなく、HACCP手法の品質管理を取り入れたことで、衛生面など品質的にも安心してお客さまにお届けできる体制が整いました」と加地社長。
「伊吹島プロジェクト」が発足し事業拡大へ
大型冷凍庫の設備は、令和2年導入予定も含めて4つの網元が整備することになった。一定量の生産にめどがついたことから販促PRにも積極的に動いている。そんな中で生まれた新たな取り組みが「伊吹島プロジェクト」だ。伊吹漁協15の網元と、冷凍食品業界、飲食店など地元の商業者、そして行政もいっしょになって「冷凍釜揚げいりこ」を広く市場流通させ、ブランド化を目指す。「6次化事業として、もっともっと大きな取り組み、大きな収益にしていかなくては」と両者。「伊吹いりこ」は伊吹島の特産品として、出汁というジャンルのなかで流通してきた。さらに、惣菜材料としての「釜揚げいりこ」を新しい商流にのせることで、地場産業を地域で強くしていく。それは先細りが心配される漁業の次世代へのアピールにつながるだけでなく、香川を代表する産業のひとつ、冷凍食品産業にとっても同じこと。どちらにとっても「次の世代に伝えたい、残していきたい」という思いが込められている。
「伊吹島プロジェクト」は、「かがわビジネスモデル・チャレンジコンペ2018」(かがわ産業支援財団主催)で優秀賞を受賞した。両者の思いと勢いは、そのまま地域の取り組みに拡大している。
農商工連携事業に取り組んでみて
出汁文化以外の外食産業にたくさんの商機があると確信しています。動き出したばかりの「伊吹島プロジェクト」がこの事業をさらに大きくしていくはずです。
キョーワ 代表取締役社長 加地 正人 氏(写真 右)
高齢化で漁師が減少し、10年後、20年後が不安になる中、従来のいりこだけに頼らず、新しい発想、新しい事業展開が始まりました。これからが勝負です。
伊吹漁業協同組合 参事 三好 光一 氏(写真 左)
株式会社キョーワ
会社概要
所在地 | 三豊市豊中町岡本1207 |
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電話 | 0875-56-6700 |
URL | http://www.cookmasato.com/ |
従業員数 | 29名 |
資本金 | 10,000千円 |
伊吹漁業協同組合
会社概要
所在地 | 観音寺市伊吹町3-1 |
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電話 | 0875-56-6700 |
URL | http://kaibuki.jf-net.ne.jp/ |
従業員数 | 306名 |
資本金 | 226,520千円 |